恵那市観光協会岩村支部 八百余年の歴史の町 恵那市観光協会岩村支部

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岩村の精神に触れる、学び暮らす旅

日本三大山城のひとつ「岩村城」の麓に広がる、約800年の歴史を刻む岐阜県恵那市岩村町。名古屋から電車で約1時間半、妻籠や中津川からのアクセスも良く、静かな山あいにありながら訪れやすい場所に位置しています。
重要伝統的建造物群保存地区に選定された城下町の町並み、そして「農村景観日本一」と称される富田地区、どちらも往時の面影を色濃く残しています。

岩村に流れるのは、「温故知新」の精神。古きを大切にしながら、そこから新たな価値を見出すという思想は、単なる理念ではなく、住民一人ひとりの暮らしや行動の中に自然と根づいています。
その精神性を支えてきたのが、佐藤一斎、下田歌子、三好学という三人の偉人たちの思想です。彼らの教えは地域の誇りとなり、訪れる人への自然体のもてなしへとつながり、城下町や農村景観を自ら守ろうとする自発的な取り組みを生み出してきました。

岩村は、単に歴史を保存する町ではありません。思想が今も鮮やかに生き続ける、稀有な城下町です。偉人たちの思想と岩村ならではの文化が育んだこの土地の風土を感じながら、まるで住民の一人になったかのように学び、暮らす旅をご紹介します。

佐藤一斎に導かれる、人としての在り方とリーダーシップ

ローカルガイドが案内する城下町ツアーでは、偉人たちの思想が現代の暮らしの中に息づく岩村の姿に出会うことができます。

岩村城下町を歩いてまず目に留まるのが、家々の軒先に掲げられた木版の言葉です。落ち着いた町並みに静かに溶け込むこれらの言葉は、岩村出身の儒学者・佐藤一斎の教えに由来しています。

佐藤一斎は、江戸時代後期から幕末にかけて活躍した思想家で、生涯にわたり学び続ける姿勢と、人としての在り方を説きました。西郷隆盛をはじめ、新しい時代を築いた多くの指導者に影響を与え、その教えは現在でもリーダーシップや経営の指針として引用されることがあります。

城下町では今も、佐藤一斎の言葉が家々に掲げられています。それらは単なる名言ではなく、訪れる人を迎える心構えや、誠実で落ち着いた町の気質を形づくるものとして、日常の中に自然と息づいています。

ここで、城下町を象徴する言葉のひとつをご紹介します。
「石重し、故に動かず。根深し、故に抜けず。人は当に自重を知るべし。」

石は重いからこそ容易に動かず、大木は根が深いからこそ簡単には倒れない——人もまた、自らの立場や責任を自覚し、揺るがぬ姿勢を保つことが大切だという意味です。

これは、力や権威で人を導くリーダー像ではなく、自らを律し、周囲から信頼される在り方を説く言葉です。実際に、日本の経営者の中には、佐藤一斎の著した『重職心得箇条』を、組織のトップに立つ者の心得として読み返している方もいるといいます。

城下町の静かな通りに刻まれたこれらの言葉は、町の歴史や文化を伝えると同時に、訪れる人の心に静かな問いを投げかけます。岩村を歩く時間は、風景を楽しむだけでなく、自らを見つめ、学びや気づきを得るひとときとなるでしょう。

時代を拓いた岩村の女性たち

城下町を歩いていてもう1つ目に入るのが「青い暖簾」です。
 本来、のれんは店先に掛け、営業中であることを知らせるものですが、岩村では一般の家庭の軒先にも掲げられ、そこには一人の名前が記されています。

その名は、その家や店を切り盛りする女性主人——「おかみさん」の名前です。

この風習は、地域の町おこしの一環として生まれました。きっかけとなったのは、16世紀末に岩村を治め、人々に深く慕われた女性城主「おつやの方」の存在です。

おつやの方は、戦国武将・織田信長の叔母にあたり、岩村城主に嫁いだ後、夫の死去に伴い、幼い跡継ぎに代わって城主として岩村を治めました。民を守る善政を行ったことで人々の信頼と敬愛を集め、今もなお町の記憶の中に生き続けています。

その「女城主」の精神を受け継ぐかたちで、約20年前、岩村の町づくりを支える新たな取り組みとして「せんしょ隊」の暖簾が誕生しました。「せんしょ」とは地元の方言で、「親切なお世話」や「思いやりのある気遣い」を意味します。この暖簾が掛かる場所では、地域の女性たちが自主的に来訪者を迎え入れ、町の魅力や暮らしを伝える活動を行っています。

この取り組みは、岩村の女性たちに新たな役割をもたらし、家の奥にあった存在を町の表舞台へと導きました。

その姿勢は、岩村の歴史におけるもう一人の重要な女性、下田歌子の思想とも静かに重なります。

19世紀半ば、女の子が藩校で学ぶことは許されていませんでした。しかし岩村に生まれた歌子は、学者の家に育ち、儒学や歴史、文学を学びます。やがて女性教育の先駆者となり、宮中での経験を経て東洋女学校を創設。現在の五千円札の肖像である津田梅子らを育てました。

さらに欧米を視察して女子教育を研究し、「帝国婦人協会」を設立。女性の社会的地位向上に尽力します。実践女子大学の前身校を創設するなど、日本の女子教育の道を切り拓きました。

歌子は次のような言葉を残しています。
「女性の清らかな感性と豊かな情をもって、社会の病を正せ」
「揺りかごを揺らす手は、世界をも動かす」

女性の学びと力が社会を変える——その信念は、時代を越えて今も力強いメッセージを放っています。

岩村が誇るこの偉人は、女性が学び、自らの力で社会に立つ未来を切り拓いた先駆者でした。女性の活躍やジェンダー平等という普遍的な価値も、こうした先人たちの歩みの積み重ねによって、少しずつ前進してきたのです。

女城主の誇りを醸す、岩村醸造

「女城主」の存在と岩村の誇りを今も感じられる場所が、城下町に佇む岩村醸造です。

1787年創業、約240年にわたり渡會家が代々受け継いできた老舗酒蔵で、建物には明治期に解体された岩村城の一部が使われています。間口が狭く奥行きのある造りは、当時の面影を今に伝えています。

銘柄「女城主」のラベルには、この地を治めた女性城主の姿が描かれ、その名も彼女にちなんで名付けられました。

今回は七代目蔵元・渡會氏による特別な酒蔵ツアーとテイスティングを体験。原料米は地元産を使用し、仕込み水は約400年前に掘られた井戸から汲み上げる天然水を用います。米を育てる土地と同じ水質であることを大切にする、徹底した地元志向の酒造りです。

冬は酒造りの最盛期。発酵中のもろみを自らすくって味わうという、酒蔵ならではの貴重な体験もできました。搾る前の濃厚でやわらかな味わいは、他ではなかなか出会えません。

こたつと庭を望む和室で、「女城主」を含む4種をテイスティング。クラシック音楽を聴かせて熟成させる試みなど、伝統を守りながらも挑戦を続けています。

町名を冠する岩村醸造は、この土地で酒を造る意味と向き合い続ける、真の“地酒”を追求する蔵元です。そこには、岩村を誇りに思う精神が息づいていました。

美しい景観が広がる富田での農村暮らし体験

「農村景観日本一」とも称される富田地区で、日本の原風景とその暮らしを体験してみましょう。ここに広がる景色は、単なる「美しい田舎の風景」ではありません。岩村では、この風景そのものを守るべき文化資産と捉えています。

その思想の原点にいるのが、岩村出身の植物学者・三好学です。三好学は日本近代植物学の基礎を築いた人物であり、日本で初めて「景観」という言葉を文化的価値として用いた先駆者でもあります。彼は自然を「開発する対象」ではなく、人々の暮らしとともに育まれてきた遺産として捉えました。そしてこの考え方は、今も岩村の中で具体的な行動として受け継がれています。

たとえば展望台周辺や農村部では、「農村景観日本一を守る会」という住民主体の団体が、年に二度の草刈りを行っています。また富田地区では、田の畔や水路の管理を住民自らが担い、「農村景観日本一」と称される風景を守り続けています。

岩村において景観は、誰かが「保存」するものではありません。住民一人ひとりが日々の暮らしの中で手を動かすことで守られている、生きた文化なのです。

さらに、茅葺き屋根の古民家宿「茅の宿とみだ」の再生も、この景観を次世代へとつなぐ実践の一つです。築約120年の茅葺き古民家を改修した宿では、昔ながらの暮らしの趣を感じながら、快適に滞在することができます。今回はここで特別なひとときを過ごしました。

岩村の精神を奏でる雅楽

まず初めに日本の伝統文化である雅楽を鑑賞しました。雅楽は、日本古来の歌舞と、飛鳥時代から平安時代にかけて中国や朝鮮半島から伝来した外来の音楽や舞が融合し、平安時代中期に大成された日本最古の伝統芸能です。宮廷や社寺の儀式で用いられてきました。

また雅楽には、五穀豊穣を祈る意味も込められており、普段は岩村の秋祭りにおいて城下町の行列に加わり、奉納演奏が行われています。

当日は、岐阜を拠点に活動する雅楽松風会と岩村町雅楽保存会が共演。7名の楽器奏者と1名の舞人による迫力ある演奏が披露されました。

神社の祭事でも親しまれている楽曲や舞を中心に演じられ、演奏が始まった瞬間、空気が一変するかのような緊張感と神聖さに包まれました。それは、長い歴史をもつ日本文化ならではの、独特の感覚です。

演奏後には演者の方々との交流の時間も設けられ、雅楽の歴史や楽器について直接お話を伺うことができました。雅楽は「天・空・地」を表現する芸能ともいわれ、その世界観は岩村の澄んだ空気や静かな佇まいともどこか響き合います。

保存会の藤井さんは中学生への指導も行っており、この伝統を次世代へとつないでいきたいと語ります。この体験をきっかけに、より多くの人が雅楽の魅力を知り、未来へ受け継がれていくことが期待されます。

食で巡る、恵那岩村の物語

ディナーは、岐阜県恵那市のシェフによる特別なコース料理。

恵那岩村の食文化は、厳しい自然環境の中で育まれてきました。寒暖差の大きい山間地、痩せた土壌、そして長い冬。人々は自然を支配するのではなく、折り合いをつけながら生きてきました。発酵、保存、乾燥、燻製——それらはすべて、自然と共に生きるための知恵の結晶です。

今夜のコースは、恵那の人々が何を食べ、どのように暮らしてきたのか、その営みを辿る“食の物語”です。伝統の知恵を現代の感性で再構築し、一皿一皿にこの土地の記憶が込められたコースを堪能していただきました。

ディナーの前には、地元産の米を使った五平餅を囲炉裏で焼く体験も。香ばしく焼き上げた五平餅を囲みながら、地域の恵みに感謝する時間を過ごしました。

コースでは、サーモンのミキュイ 菊芋のピュレ添え、三浦豚のロースト 山の出汁リゾット添えなど、地域の食材をふんだんに使った特別な一皿を堪能。山の恵みが随所に感じられる構成です。

さらにディナーにはスペシャルゲストも登場。この日出会った岩村醸造の渡會さんや、岩村地域自治区運営協議会の佐々木さんが会場を訪れ、地域の歴史や人々の想いを直接語ってくださいました。

地元の方々の言葉に触れながら、ゲストの岩村への想いはより一層深まりました。食を通して土地と人を知る、忘れられないひとときとなりました。

朝食は、移住者が営む「いね cafe」から届けていただいた、地域の野菜をふんだんに使った和洋折衷の朝食です。岩村が好きで移住してきた、いねさんの温かな人柄と、外からの移住者も快く受け入れるこの町の懐の深さが感じられました。

今回の旅では、岩村出身ガイドのアキラさんや地元の方々はもちろん、スイスから移住してきたガイドのアンヌさんのような移住者の方々からも、この地の魅力を伺う機会に恵まれました。

旅の終わりに、岩村を想う

旅の最後に訪れたのは、城下町と富田地区を見守る岩村城跡です。山道を少しトレッキングしながら登ると、往時の歴史の面影を感じられるだけでなく、豊かな自然と連なる山並みの雄大な景色が広がります。頂上からは、旧城下町である富田地区と現在の城下町の両方を一望することができます。

三人の偉人や女城主の存在、そして今も息づくその精神性に思いを馳せながら岩村のまちを見渡し、今回の旅での出会いや学びを静かに振り返りました。

岩村を訪れると、どこか故郷に帰ってきたかのような懐かしさと、旅行者を温かく迎え入れてくれる空気を感じます。この特有の空気を生み出している岩村の精神性に触れながら、学び、暮らすように滞在する旅へ——ぜひ出かけてみませんか。

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